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2006年9月 2日 (土)

レイザーバック

[1984年・監督/ラッセル・マルケイ■おすすめ度なし 観ておくべき度なし 思い入れ度なし]

RAZORBACK劇場で映画というものを観るようになってから35年以上、おそらくは2000本を越えるであろうボクの観賞数の中でワースト1に輝く作品。

なにせ、生まれてはじめて観終わったあと「金返せ!!」と本気で思ってしまった。名画座の二本立てだったのに。それほどにヒドい映画なのだ。

監督は「ハイランダー」シリーズや「リコシェ」のラッセル・マルケイ。その第一回監督作品らしいのだが、正直ボクはこの一本でマルケイの監督としての資質を見限り「以後どんなことがあってもこいつの映画は観ない!!」と映画館を出るとき心に誓った。だから一切観てないし、他の作品の伝わってくる評判も予想したとおりだったので、第一印象はあながち的外れでもなかったのだろう。

とにかくこの映画、まったく面白くない。
たいていどんな映画にだってひとつやふたついいトコロくらいはあるもんだと思うし、そういうものを何とか見つけてどうにか溜飲を下げるのだけれど、そういった「よかったさがし」がぜんぜんできないくらいに無い。

ここで映画の詳細を知りたい方はここを参照してもらいたいが、「レイザーバック」についてたいへんに参考になるサイトであったが残念ながら現在は閉鎖されてしまったようである。googleにキャッシュが残っていたので、それをリンクさせていただく。
(キャッシュなので消失してしまった場合はご容赦を)

参照リンク→気まぐれ映画の旅「レイザーバック」

ここをご覧になってもわかるとおり、この映画にまったく面白さが感じられないのがわかっていただけるだろう。
このサイトの筆者は「この映画の中で誰一人として感情移入できる登場人物がいない」と書いている。
そうなのだ。面白いとか感動したとかというのは、感情移入しなければ沸き起こることもない。つまらないのはあたりまえ。

だいたい「感情移入すべき主体」は物語の主人公であるべきである。なのに、その主人公が観客が感情移入する前にどんどん殺され次に変わっていってしまう。しかも、次の主人公はその前の人物から何も引き継ぐことがない。

観ている側はそのたびにリセット状態となり、再び人間関係を繰り直す作業をしなければならない。

あえてあらすじを踏まえつつ書こう。
かんじんの「レイザーバック」も、けっきょくただの大きなイノシシ。このあたりの「幽霊の正体見たり」的萎み具合は、まぁB級ショッカー映画のお約束かもしれないから許そう。
だが、この大イノシシ、べつに次々人を襲うわけでもない。第一の女主人公が死んで(イノシシというより謀られた人間に殺される)から引き継がれた老人の主人公のパートは、ようやくヘミングウェイ「老人と海」的関係でこの大イノシシとの闘いが描かれる…と思いきや、この老人もあっさりと死んでしまう。そんないきさつも露知らずに登場するのは、最初の女性の夫である第三の主人公。彼は行方不明になった妻を捜しにやってくる…ここでまたイノシシとは無関係なストーリーが進んでいく。

いったい、この「レイザーバック」という大イノシシ、この映画とどういう関係?? とクビを傾げてしまう。はたしてこの映画が語りたいのは、イノシシなのか、それとも行方不明になった妻の行方なのか?

と、悩みながら観続けているうちに、最期の最期でようやくお座なりにその夫とレイザーバックの闘いがクライマックスにやってくる…

エンドクレジットを眺めながら僕は思った。

「この時間と金を返せ!!」と…

観賞後これほどの憤りを覚えたのはこの一本きりである。

だが…観てから20年が過ぎ、ときどきこの映画のことをふと思い出し、こう考えるのだ。

…たぶんラッセル・マルケイというヒトは、人間がキライなんだろうな…

レイザーバック
ビデオ レイザーバック(画像はLD版ジャケット)
ハル・マッケルロイ ラッセル・マルケー ピーター・ブレナン

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