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2006年9月23日 (土)

ゴジラVSデストロイア

[1995年・監督/大河原孝夫■おすすめ度なし 観ておくべき度なし 思い入れ度★]

ゴジラvsデストロイア観終わって幕が降りたとき、ボクは思わず映画館の中心でこう叫んだ。(これは実話である!)

「やる気がないなら作るなぁ!!!!!」

ひどい作品だ。愛が無い。「フランケンシュタイン」ではないが、愛が無いなら造ってはいけないのだ。
こんなモノを乱造されるのなら、ゴジラも太平洋の底で静かに眠らせてあげておいて欲しい。

脚本もひどい。内容は言わずもがなだが、技法の点でも最低だ。
怪獣たちの闘いを、見ている人間たちがいちいち説明をする。ナンじやそりゃ? である。状況説明的セリフなど、シナリオ学校で減点になる基本だろう。
シナリオライティングという点で、やる気が無いとしか思えない。

そもそも脚本を担当した大森一樹は京都府立医科大学医学部卒というキャリアを持っているのだから、たとえばその専門知識を活用して生物学的なゴジラや怪獣像を創造しうる可能性があったはずだ。
ボクは大森一樹を全否定する気などさらさらない。「ヒポクラテスたち」は大傑作だと思っているし、好きな映画だ。だが、一連の、殊に「VSキングギドラ」以降の大森ゴジラに関しては首を傾げざるをえない。ゴジラを意味もなくアルティメットな無敵の存在にしてしまった罪は果てしなく重い。

本作ではゴジラがメルトダウンを起こすのだが…いったい、ゴジラの体内には核反応炉や高速増殖炉でもあるとでも言うのだろうか。自然界のウラン採掘場でも勝手にメルトダウンを起こすようなことはないだろう。少なくとも、ボクは今までそんなニュースを聞いた覚えはない。
この設定の上での「カドミウム弾」の使用は面白いとは思うが…

そもそも、ゴジラはビキニ核実験で放射能を浴びた古代生物だったはずだ。この「VSデストロイア」では特に初作を引き継いでいるので、それを遵守するならば、そんな体内に高濃度の放射性物質を抱えているわけではない、ということは創造の域なのだが。ゴジラはあくまでも放射能を浴びて変貌しただけであり、べつに放射能を栄養源としているわけではない。

それに伝家の宝刀「オキシジェンデストロイヤー」を持ち出してはきても、どうも免罪符的な感が否めない。デストロイアにしたって、どうして合体ができるというのか。医者が脚本家なら生命についての考察はしっかり考えてほしい。ここからも、怪獣映画というものをナメているのが明白だ。

もしボクが脚本を任されたなら、宝田明を第一作と同じ役で出す。平田昭彦演じた芹沢は劇中で殉職、志村喬も亡き現在、宝田だけが初代ゴジラを知る生き証人だからだ。宝田は「FINAL WARS」で復活するが、まったく別の役としての登場だった。ここはやはり同じ'尾形'として出すべきだったと思う。
それこそがゴジラ愛があるということではないだろうか。

加えてここが決定打だが、この作品のラストはゴジラ映画史上最低である。作り手がドラマを創造することを放棄した証しだ。こんなやる気のない結末を、それまで、耐えて、耐えて平成ゴジラを観続けてきたオールドゴジラファンに最後の最後になって突きつけるなど、愛がないにも甚だしい。このエンディングを観て自分は本文冒頭の言葉を叫ぶことになるのだが。
要するに平成ゴジラはゴジラやSFに何の愛もリスペクトも無い者達の産物だった、とこの瞬間にボクは思い知らされたのだった。

USA似非ゴジラを経、ミレニアムシリーズに至りゴジラは徐々に誇りをとり戻し、我々もようやく溜飲が下がっていくことになる。

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