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2007年2月25日 (日)

幽閉者<テロリスト>

[2007年・監督/足立正生■おすすめ度★★ 観ておくべき度★★ 思い入れ度★★★]

日本赤軍と行動を共にした足立正生が「おつとめ」を終えた後、最初に撮った作品。
じっさいたいへんな経験を積んできたこの監督が、いったいどんな物を作るのか、という興味があったのだが、果たして期待どおりであった。

これは、とんでもない低予算で作られた、足立正生の自主映画だ。

足立監督にとって映画とは、観客を楽しませるエンタテインメントなぞではなく、自らの思想を語る手段に過ぎないのだろう。そういう映画表現もあっても別にいい、と思う。
彼は『映画を撮ること』こそが革命を目指す運動なのだろう。

稚拙な浅い考えの文だとはわかっているけれど、あくまでも個人的な見解をあえて書くが、正直な話、『今更世界同時革命??』という感は否めない。
世界---いや、少なくともこの日本という國では、革命などという言語は滅びてしまった。
一億総中流化のとおり、生活にたいして不満を持たなければ現体制に反発もする必要は無いからだ。
日本政府は戦後60年をかけ、そうやって従順な國民を飼育してきた。
それを、今更『悪いこと』とは言い切れない。それを甘んじて享受している自分のような市民にとっては、そんな立場なのではないだろうか。
『特に不満の無い暮らし』を与えてくれるものこそが『正しい政府』なのだ。

ここで描かれている怒り・思想は、いまだに70年どころか、60年代さえも終えられていないだけなのではないだろうか。そして、主人公の抱える願望は、あくまでも青臭いナルシシズムに過ぎないのではないのか。
少なくとも、80年代を通過してきた目からは、この考えはシニカルに斜見してしまう。

オウムで再び突きつけられた疑問だが、『革命実現のためには、市民の犠牲はやむなし』とは、はたして正義なのか。それは、ただ己の狭い理想の世界を築くためだけであり、より多くの人々がそれを望んでいないとしても?
この映画は足立監督の心象風景を表わしたものだろうけど、たとえばきっかけになった事件の犠牲者に対しての感情が決定的に欠如している。あえて自覚的にそうなのかもしれないが、そこにいまだ革命思想にしがみつく監督のアイデンティティーが垣間見えないだろうか?

いかにその革命の思想が気高いものであっても、「笛吹けど誰も踊らず」なのだ。
実は足立監督は、それをもう悟っているのかもしれないけれど。

けれどそんな思想啓蒙映画も、主演の田口トモロヲのM男っぷりのほうがあまりにも強烈過ぎて、監督の伝えたかった思想なぞつい吹き飛んでしまう。
田口トモロヲは当代随一のマゾ俳優だと密かに思っているのだけれど、流石は「鉄男」以来ひたすら縛られ殴られハイヒールで踏みつけられ続けてきただけのことはある。僕は映画館で思わず『トモロヲさん、あんたヤり過ぎだよ』と心で呟いてしまった。
たぶん一般的にはNHK「プロジェクトX」でのナレーションの印象が強いのだろうけれど、実際のトモロヲさんって『ばちかぶり』というパンクバンドを率いていたりしたとってもアナーキーなお方。

テロリスト足立も、今回はパンキッシュなアナーキスト・田口トモロヲには一敗、土をつけられてしまった…これは、そんな一本かもしれない。

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