2006年9月26日 (火)

8マン すべての寂しい夜のために

[1992年・監督/堀内安博■おすすめ度なし 観ておくべき度★ 思い入れ度なし]

これが伝説の実写版8マンの勇姿だ!! 色違いの頬は父・宍戸錠へのリスペクトか!?もはや最低映画として「観ておくべき」一本。評価の★はそのため。

東京ドームでの"ワールド・プレミア"の壇上にて出演の宍戸錠がこう言った。

「これまで何百本と映画に出てきたが、こんなゲンバは初めてだった」

これをあえてお披露目の席で口に出さざるを得ないほど、エースのジョーの心中には含む一物があったのだろう。宍戸開との初の父子共演なのに、である。

監督・堀内靖博、脚本・宮崎満教、鈴木淳子。脚本の宮崎は企画と製作総指揮も担当している。
ところが、この3人、検索にかけてもこの「8マン」以外ではこれ以前も以後も映画制作にまったく携わっていない。本作から15年近くを経るのに、である。

つまり、この映画は映画の素人の集団がつくったシロモノだったのだ。

<追記:その後ロマポ太郎さんにより、監督の経歴をご指摘いただきました。こちらのサイトに関わった映画リストがあります。以上訂正させていただきます。>

もともとこれを製作したリム出版という会社は、社長だかオーナーが大の8マン好きで、コミック版8マンの復刻再販にも力を入れていた。原作者の不幸な逮捕により当時発行できなくなっていた最終話を世に初めてリリースし、ようやく完結させたという大功労は高く評価していいと思う。
が、それに乗じて製作したこの映画は、いったい何のためにつくったのか分からないほどお粗末なものになってしまった。

まず何よりも、当の8マンの造型がヒドい。ヒドすぎる。画像を見つけたから貼っておくが(情報提供:キッド氏)これが動いている映像はもっと悲しいくらい貧相だ。いったいこの造型にOKを出したのは誰だ!? と思いたくなる。
そもそも原作を見ても分かるとおり、8マンには表情がある。つまり生身の人間の顔のイメージが一般的にはある筈である。なのに、本作ではウルトラマンのようなフルフェイスのマスクにされた。そのために頭身が大きく、不恰好になってしまっている。オマケに出来そのものも表面のモコモコが目立っていてチープ。あの当時の造型技術なら、ハーフマスクでも充分カッコいいモノができたはずだ。

特撮も…8マンと云えばアニメでも知られたあの「走り」だが、どうにも滑稽に見えてしようが無い。オプチカル処理をして残像がある、という表現は、ボク個人としては「まァ、いっかな」とも思うのだけれど。

いろいろと多々問題のある本作だが、この作品の語り継がれる理由は、そのたった一度の「東京ドームでの上映」にあった。

たしか、入場料は6000~6500円くらいでチケットを売っていたと思うのだが、ボクはタダで行った。べつにボクが出版関係者だったからとかでは全然ない。
イベントの一週間くらい前から、都内の書店などでこのイベントのタダ券が置かれ、配布されるようになったのだ。ボクはたしか池袋の西武あたりの本屋でこのタダ券をゲットした。山のように置いてあったのを覚えている。

いったい本当に6000円もの大金を払って行った者なぞいたのだろうか? と訝しんでしまうが、これが実際いたことも確かだから始末に負えない。その人達はもの凄く不幸な星の下に生まれたのだと思って諦めるほかない。
ここからも分かるとおり、チケットは思いっきり売れなかったのだろう。
だが、その結果ちゃんと金を払った客はスタンド席なのに、たまたま招待タダ券を入手したものがアリーナ席に座る…という捩れ状態も生み出してしまった。このあたりからもこの企画のコケ加減が推し量れようというものだ。

その上、イベントそのものも計画図と比べあまりにも貧相な出来だった。大仰なセットや大花火、レーザーカクテルでの演出…となっていたハズが、フタを開けてみればぽつねんと大スクリーンが鎮座してるだけ。花火も数発上げられただけで終わってしまった。
冒頭の宍戸錠のボヤきも当然だと納得できるイベントだった。

まさに「社運を賭けて」の映画「8マン」だったが、これが大コケしてリムは倒産、本当に社運が尽きてしまった。

当時、友人の西崎まりのがこのリム出版で小説の挿絵の仕事をしていたため多少はリアルタイムでいろんな情報はボクの耳に入ってきていたため、8マン→倒産への一部始終は観察するように見させてもらった。この業界でボクも既に20年近く飯を喰っているが、このリム出版ほど見事なツブれ方はなかった。もはや天晴れ、である。

こうしてリム出版は8マンと共に沈んだ。もともとが8マンのために興した会社だったので、オーナーとしては本望だったろう。多くの関係者に迷惑をかけたという事実に目を瞑れば、それはそれで一本筋が通っていた

ただ、ボクとして残念だったのは、当時映画との連動企画として製作された「右曲がりのダンディー」の末松正博氏描く新作コミック「エイトマン」が、この騒動のお蔭で結局未完のままになってしまったということ。この漫画はハイコントラストを基調に、スタイリッシュなフィルム・ノワール調の絵づくりでかなりカッコいい作品に仕上がっていたのだが…

結局、原本の「8マン」は完結させたが、変わりに新しい「エイトマン」を未完にさせてしまった、というのは、リム出版も罪つくりではある…

[関連リンク]

エイトマン 末松正博版
…名作っ!!
平井 和正 桑田 二郎 末松 正博
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宇宙貨物船レムナント6

[1996年・監督/万田邦敏■おすすめ度なし 観ておくべき度なし 思い入れ度なし]

レムナント6おそらく、この作品を撮ったひとは、映画の撮り方を知らないのではないだろうか。

そう思えるほど、この映画は悪い。
レベルが低い、というのではない。「わるい」のだ。

脚本上の台詞回しがそれほど悪いわけでもなかっただろう。無論脚本そのものに問題がまったく無いとは言い難いが、それ以上の問題はまさに「撮り方」、カメラワークにある。

映画を撮るものには絵コンテを描ける者とそうでない者がある。この監督はおそらく後者だろう。もし前者だったら、尚更問題だ。

どこかでこの監督が本作を撮影したときの意図について「あえてハデな絵や構図は押さえ、地味な絵作りを心がけた」といったようなことを話していたのを覚えている。

…そうじゃないだろ? と思う。

自論だが、殊にSF映画とは「絵づくり」である。

たとえばアオり、俯瞰、斜め構図、フィッシュアイ…様々なカメラアングルのテクニックを駆使し「おもしろい画」を提示するのがSF映画を作るものの努めというものだろう。
この監督は、そういった努力を放棄している。絵が圧倒的につまらないのだ。

特にこのお話はほぼ100%が貨物船の船内でドラマが進展し、主要な場所は狭い2,3のセットのみだ。船内に覗き窓も無く、外の宇宙空間とは断絶している。
つまり、「内」と「外」とはまったく接触や連続性が無い。
そんな設定では、ともすれば単に狭く、限定された室内でのみのドラマは、外の世界の無限大の広さとの連関は途絶し、観る側からは非常に退屈なただの室内セットドラマと化してしまう。

ボクはいわゆる「潜水艦もの」というジャンルが嫌いだが、その理由もここにある。
宇宙船ものというのは、じつは以外と撮り方・見せ方の難しいジャンルなのだ。

だから尚更カメラワークなどには細心の注意を向けなければ、面白くはならない。絵コンテをしっかりと練るほどでなければいけない。
それをあえて監督が放棄した時点で「レムナント6」は最初から失敗作を約束されたようなものであった。

あとは…この万田監督というひと、もの凄く音楽のセンスが悪い。選曲も、その使い方も。ボクは彼の他の作品も観たが、正直そこについては評価できない。
あくまでも個人的意見として、と断るが、ボクとしてはこの監督については評価は無し、である。その理由は、ボク自身の考える演出理論とまったく相容れない法則で映画を撮っているから…とだけ言うに止めておこう。
必要ならばレポート10枚でも20枚にでも渡って論じますケドね。

押井守が総合監修としてクレジットされている…が、本人のコメントではたしか「タイトルの『レムナント』って言葉を考えてあげただけ」だったかと思う。この言の裏に含ませた押井の見解を推して知るべし。

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2006年9月 1日 (金)

江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間

[1969年・監督/石井輝男■おすすめ度★★★★★ 観ておくべき度★★★★★ 思い入れ度★★★★★]

予告編映像リンク間違いなく、日本映画において空前絶後、史上最強のモンド・ムービー。
この作品を一度でも観賞したことのある者なら、その称号を与うるに一片の異論も無いだろう。

いろいろな理由があってソフト化そのものが困難な作品であり、いまだ国内でDVDはおろか、ビデオ化もされていない。(追記:2007年米国でついにDVD化)
だが、それはこの映画にとって決して悲劇ではない。

本作の真の魅力は、映画館という空間でしか堪能することができない。だから映画館へ足を運ぶもの達だけがこの作品の面白さを知っている。選ばれし者のみの味わえる特権の恍惚と快楽である。

殊に今ほど情報の得られぬ時代、本作の面白さは口コミでのみ評判が伝わり、映画ファンの間では噂だった。
ボクも本作については『どうやら奇天烈(キテレツ)な映画らしい』という、どこからかの話を耳にして観に行った。結果、創造を遥かに超えたモノであったのだが。

近年「カルトムービー」という言葉がやたらと軽く使われ嘆かわしいかぎりだが、真のカルトムービーとはこの「奇形人間」のような一本のことを言うのだ。観れば実感、納得する。
観たその日その時から、あなたの人生にはこの「恐怖奇形人間」が纏わりついて離れなくなるだろう。まさにそれが「カルト」=崇拝ということなのだ。

未見のかたは、なるべくなら情報は仕入れずに劇場へ足を運んでほしい。


[以下、どうしてもネタバレを含む内容になりますので注意。内容を知りたくない方は下の区切りまで飛ばしてください]

江戸川乱歩の原作を、原型をほぼ留めないほどに解体しキッチュにリミックスしてしまった石井監督の大胆豪快さ。暗黒舞踏なムーブで「ドクター・モローの島」と似て非なるフリークスの島を創造しようとリブ・フリーキーな土方巽。どう考えてもつじつまの合わぬ展開。行き当たりばったりな登場人物たち。

すべてが畸形的世界だ。

だが、矢継ぎ早に繰り出される毒と毒が混ぜ合わされ、画面からは次第にトランス感が漂ってくる。
これはアシッド・ムービーだ。考えてはいけない。感じるんだ!!

館内の観客たちは、次第に目の前で起こっていることに脳内を冒され、ドーパミンが分泌され幸福感が支配し始める。場内の空気は、何かのきっかけで爆発寸前の状況になっていく。

そしてとうとう明智小五郎の「タマは抜いといたよ」のセリフが引き金となって場内の気持ちが一気に巨きな渦となって同化し、ついにはラストの「おか~さ~ん!!」の絶叫では観客全員の感情の高揚が怒涛の最高潮に到達する。


かつて「少林サッカー」で終劇時に場内から自然と拍手が沸き起こることがあったが、高揚感という点で観ているものたちがここまで一体となって堪能する映画はこの「奇形人間」の他に類がない。

同様の一体感を体感できるものとすれば、「ロッキーホラーショー」が上げられるだろう。米国のレイトショーで観客参加型の独特の形態で上映され、一部のコアなファンから絶大な支持を得ている「ロッキーホラーショー」だが、
(映画「フェーム」でその観方が確認できる)
「恐怖奇形人間」はまさに日本の「ロッキーホラーショー」だろう。
途中中だるみ感のある「ロッキー…」比べれば、観客に与えるアッパー感は「恐怖…」のほうが遥かに凌いでいる、とは思うが。

だが、こうして記述を試みてはいても、いくら言葉を紡いでも本作の魅力は語ることはできない。やはりその目で確かめ、実感するしかないだろう。そして、あなたもこの映画の語り部となって布教に励むのだ!!

「恐怖奇形人間」は、ライブで観賞してこそ200%オモシロさを味わうことのできる映画である。

みんな映画館へ行け! そして観るのだ!!!

[関連記事リンク]クズビデオ49日

<たのみこむ>で『恐怖奇形人間』のDVD化をたのみこもう!!

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2006年8月26日 (土)

いぬのえいが

[2005年・監督/犬童一心・他■おすすめ度★★★★ 観ておくべき度★★ 思い入れ度★★★]

いぬのえいが プレミアム・エディション 基本的に、動物と子供の出る映画はまずカタい、というのが一般的な映画界の常識。ますそこそこヒットする。そりゃ動物と子供にゃ勝てないって。
でもやっぱ泣かされてしまうのはあざとい。

宮崎あおいと小西真奈美というお気に入りの女優さんが出演しているので観たのだが、もう犬童監督演出の「ポチ」のエピソードあたりから客を泣かそう、泣かそうという意図は見え見えで、それは別にこうした映画の仕組みとしては当然だろうけど…あざとい。
それでも、その製作者側の術中にハメられてしまう。

でもそれでよしんば耐えられても、最後の宮崎あおいちゃんの出演パート「マリモ」のお話では「普通こうしたセリフが並ぶと次はこう来るな」とか考えていた自分も、それを予想してなかった展開に持ってこられてしまい思わずグっと来させられてしまった。
あざとい。
…サスガにそこがいちばんの作品のキモなので完全ネタばれは避け、書きませんが。

とにかくあそこであのセリフは、ずるい。

この「マリモ」のエピソードには原作があるらしいんですケドね。だからひょっとしたら同じ展開なのかもしれないけど。だとしたら、この本の作者はなかなかに泣かせどころを知ってるってコトですね。

犬好きだけでなく、とりあえず映画で泣きたいという人にはぜったいお薦め。だってオレでも泣いたもん。

いぬのえいがは、ずるい。

 
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いぬのえいが―小説・ポチは待っていた
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ねえ、マリモ
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2006年8月25日 (金)

1999年の夏休み

[1988年・監督/金子修介■おすすめ度★★★★★ 観ておくべき度★★★ 思い入れ度★★★★★★]

1999年の夏休み 個人的に、平成ガメラ三部作よりも本作が金子修介監督の最高傑作だと思っている。
それは、その作品が他に比類なき一本であるからだ。

萩尾望都「トーマの心臓」を翻案(原作としての許可は得られなかったので)したこの映画は、たった4人の登場人物だけで展開する、非常にミニマムな作品である。

しかも全員女性が少年を演じている。

そう、設定こそ「全寮制ギムナジウムに集う少年たち」だが、彼ら(彼女ら)は、どちらでもない、中性的な存在として画面の中に佇んでいる。中村由利子のピアノ曲と相まって、とても透明感のある美しい作品になっている。そんな意欲的な、けれどとても静かな映画。ずっとこの雰囲気に浸っていたくなるような心地のいい空気を感じる。愛(いと)おしき良品である。

じつはこの映画の企画時点、ボクの通っていた大学の保養所をロケに使用させて欲しいというオファーがあった。残念ながら大学側がそれを断ってしまったのだが、もし大学が受けていたら、ひょっとしたらこの舞台が違っていたのかもしれない。

で、なんでボクがそんなことを知っているかというと、当時ボクは在学中でサークルの連合部会の会長をしていて、学生課からその申し出についてちょっと相談を受けたからなのだ。助言としては、別に受けてもいいんじゃないか、みたいなコトを言ったとは思う。

でも、金子監督のそれまでの作品については「みんなあげちゃう」と「宇野鴻一郎の濡れて打つ」は挙げておいたけど。

結果、学生課は断ってしまったみたいだけど、そのときに製作者側から渡っていた資料を「いらないから持ってっていいよ」と譲ってもらった。
だからウチにはこの「1999年の夏休み」の準備稿シナリオがある。

決定稿とはずいぶん違って、犬が重要な役回りで出てきたりして興味深い。もちろんボクの秘蔵のお宝だ。

参考:[金子修介公式サイトの解説ページ]

1999年の夏休み
B00005LPF5
金子修介 宮島依里 大寶智子
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