2006年8月28日 (月)

セックス・チェック 第二の性

[1968年・監督/増村保造■おすすめ度★★★★ 観ておくべき度★★★ 思い入れ度★★]

セックス・チェック 第二の性 これは困った。
独自にジャンルを作って分類をしているのだが、この作品、分類のしようが無いのだ。
いちおう題材はスプリント競技だが、これを「スポーツもの」と分類するのはかなり憚られる。
かと云って、青春ものか、といえばそれも実は違う。仕方ないのでそうしたが。

原則として、このレビューサイトでは極力ストーリーやネタばれなどは避けるのが基本で、映画のあらすじを延べるのはここの本分とは違うので、それが気になる方は他のサイトなどで参照していただきたいのだが、もし本作のストーリーをまだ知らないで観ようと考えているのなら、あらすじなどはまったくインプットしないで観るべきだ。

このお話は、破綻している。

とにかく、映画の中の登場人物たちは彼ら独自の、世間とは相容れない価値観を軸に行動している。

加えて増村監督独特の濃くパワフルな演出でグイグイと嫌が応にでも説得力をもってストーリーを引っ張っていく。だが、一歩下がって考えてみよう。

ここで語られることは、ぜったいに正しくない。いや、少なくとも私はそう思う。

形式としては'スポ根もの'のようにドラマは進んでいくのだが、主人公たちは何かの熱に浮かされているかのように目的に向かって猛進する。そのためには手段は選ばない。それどころか、いつしかその目的さえも置き去りにされ、手段を邁進させることそのものが総てへと変貌していく。

…何かが間違っている!!

ひょっとしたらこの作品はトンデモ映画の部類に入ってしまうのかもしれない。だが、作り手はあくまでもこの映画を本気でつくっている。その熱病のような真剣さが画面からビンビン伝わってくるのだ。なぜそこまで? というほどに。

考えてみれば「黒い試走車」にしろ「盲獣」にしろ、増村保造はどこかで一般常識が欠落しながらも自己の欲望や信念を剥き出しで貫いていく人物を描いてきた。
傑作ぞろいの同監督だが、本作はある意味で増村保造の大傑作であることは事実。

ただ、少なくとも、映画というもので伝えられるテーマや主張が、世間一般から見て必ずしも正しいわけではない、ということをこの映画は教えてくれるだろう。

セックス・チェック 第二の性
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2006年8月25日 (金)

1999年の夏休み

"いちきゅうきゅうきゅうねんのなつやすみ"→「1999年の夏休み」

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2006年8月19日 (土)

実録 私設銀座警察

[1973年・監督/佐藤純弥■おすすめ度★★★★★ 観ておくべき度★★★★★ 思い入れ度★★★]

「銀座」で「私設警察」となれば、それは有無を云わせず泣く子も黙る安藤組を指すに他ならないわけで。
その当事者である安藤昇を主演に据えた一本。

パワフルかつアナーキズム溢れる作品。

主役のはずの渡瀬恒彦は出ている間じゅうヒロポン中毒で血のゲロを吐き続け、当人をモチーフにしてるはずの安藤昇も終盤に差しかかったとたん指をふっ跳ばされて悶死、かくして主役がほとんど不在のまま悪ノリ加減の梅宮辰兄ィと共にラストへと雪崩れ込んでゆく、とゆうトンでもない作品。そのラストもまたトンでもない終わり方なのだが…それは是非自分の目で確認を。
と、こんな破綻スレスレを綱渡りしつつ(いや、結果破綻し尽くしてしまうのかもしれないが)、パワーとスピードで押し切ってしまう演出の力業!
同監督のフィルモグラフィーの中でも傑作の部類に入るのではないだろうか。

それにしても当時のプログラムピクチャーの話の展開の無駄のなさ。完成度、ということではなく、ほんとうに「無駄がない」のだ。必要最低限のシーンで語るべきことは充分に語る。今ならたぶん3時間くらいにはなる内容を、これにより非常にスピーディなシーン転換で繋ぎ90分という枠に収めている。
総じてこの時期の作品はこんなもんで、作り手としては、たいへん勉強にもなるのだ。

じつはマイ・フェイバリット&ベスト邦画は同じ佐藤純弥監督の「新幹線大爆破」なのだが、その抜群のおもしろさについてはまたいずれ。

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2006年8月15日 (火)

戦争と人間

[1970~1973年・監督/山本薩夫■おすすめ度★★ 観ておくべき度★★★★ 思い入れ度★]
【第一部運命の序曲(1970年) 第二部愛と悲しみの山河(1971年) 第三部完結篇(1973年)】

「人間の條件」と同じ五味川純平を原作者とした、こちらは日活製作の歴史大作。
ただ、「人間の條件」と比較すると、残念ながら映画作品としてのクオリティはずいぶんと劣ってしまう。

加えて作風的にどちらかと云えば恋愛・ロマンスのほうに比重が置かれていたりするので、作品そのものの持つべき重厚なテーマさえも阻害されてしまう。

それでも、本作が観る価値が充分にあるのは、日本映画には珍しく大東亜戦争を加害者の視点でその醜悪さを抉り出し、観客に突きつけるからである。

満州事変から始まり、盧溝橋、そしてノモンハンへと至る大日本帝国の北方政策を背景に、戦争とは軍人や政治家たちが勝手に行うのもではない、とここでは明言をする。そこには銃を持たぬ一般の市民たちも利害により深く関わってくる。
利殖のために戦争を利用する、という行為は無実ではないだろう。我々はこうした内的矛盾を孕まねばならない。戦時下においては、非戦闘員たる市民もまた間接的加害者なのだ。この作品はそれを教えてくれる。
だが、残念ながら今の日本では被害者意識や修正主義ばかりがまかり通り、なかなかそれを声高に主張するものは少ない。それをこれだけの大作に仕上げ形に残した、その意味でも映画としては残るべき作品だろう。

だが、悲しむべきは製作された時代があまりにも悪すぎた。スペクタキュラーたる戦闘シーンは悲しいほどに貧相で、時として観ていてツラくなるほどである。潤沢な予算も与えられず、それでも会社の方針で大作としての'絵'をつくろうと足掻くさまはまさに当時のノモンハンで充分な武器も与えられず無駄に玉砕させられてゆく関東軍の兵士たちとダブる光景だ。

製作年度の70~73年は、低予算プログラムピクチャーこそまだまだ勢いを保っていたが、映画産業は次第に坂を下りつつあった頃。「日活ロマンポルノ」シリーズが始まるのが1971年だから、この「戦争と人間」はまさにその斜陽に向かうまっ只中に製作されたことになる。
その後'にっかつ'と改名したこの会社は80周年記念作品と銘打ち1992年「落陽」を製作、その歴史に止めを刺すのだけれど、ロマンポルノ移行の過渡期に作られ、結果的に一般映画制作の道を閉じる象徴的な作品となった「戦争と人間」と同じく、その「落陽」も満州事変を描いたものだった。その題名の暗喩と共に'ライジング・サン'日活の終焉と、会社トップたちのどこかで「戦争と人間」の時代を懐かしむ気持ちもあったのでは? と思わせる滑稽さも滲み出た題材のチョイスには涙を禁じえない。
(「ただ、「落陽」があったからこそマイク水野の超モンドムービー「シベリア超特急」が生まれた、ということでは記憶されるべき作品だが。)

ハリウッドの戦争スペクタクル映画と比較するより、欧州、特にイタリアあたりの作る戦争映画のような雰囲気を期待して観ればこの作品の良さもまた見えてくるであろう。

日本の生んだ戦争大作映画のひとつとして、リストには欠かすことはできない作品ではある。

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2006年8月11日 (金)

砂の器

[1974年・監督/野村芳太郎■おすすめ度★★★★★ 観ておくべき度★★★★★ 思い入れ度★★★★]

砂の器 デジタルリマスター版 たとえばその人物が超一流の存在ではなくても、時として超一流さえも凌駕してしまうものを創造してしまうときがある。時代やその人物の才能の成熟具合、周囲の環境、などによって。

まさにそれは奇跡の瞬間が生んだ、奇跡の作品となる。

申し訳ないが、野村芳太郎は超一流の監督であるとは云えない。黒澤明や小津安二郎と比べればどうしても一ランクは下がってしまうだろう。(誤解のないよう断っておくが、野村芳太郎はマイ・フェイバリット監督の一人である)

だが、そんな野村が黒澤や小津をも越えてしまった「奇跡の作品」が本作だ。脚本・橋本忍、音楽・芥川也寸志、原作は松本清張。これらの才能が100%の力を発揮し融合したとき、300%にも500%にもなる完璧なものを創造しえた。

映画冒頭からまったくの暗中模索から導入される物語は、進むにつれて時としてムダ足を踏みつつ徐々に真実に近づいてゆく。そして終盤、芥川の交響曲を伴い丹波哲郎・加藤剛・加藤嘉の3つのシークエンスが同時進行しつつクライマックスを迎える。それはあたかも映像のアンサンブルのようにそれぞれの主題がからみ合い、見事なほどのカタルシスにまで到達する。

映画館で上映されるたび、あちこちですすり泣く音が暗い館内に響かないときはない。

考えてみれば、この3シークエンスが同時に進行しているはずがないのだ。だが映画とは時刻表に従って順列するのではなく、編集によって時空を超え感情の昂ぶりを表出させることなのだ。本作はこれを最高の形で見せてくれる。

世界では黒澤・小津・溝口などの作品のほうが上位ランクにくるだろう。日本映画の最高峰なら断然「七人の侍」と答える。

だが、ボクにとって日本映画のオール・タイム・ベストはこの「砂の器」と小林正樹監督の「人間の條件」である。

本編で使用された芥川也寸志の組曲「宿命」は、日本映画史上屈指の名曲だ。

一生のうち、必ず観ておかなければいけない一作。

砂の器 デジタルリマスター版
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松本清張 野村芳太郎 丹波哲郎
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砂の器 サウンドトラックより ピアノと管弦楽のための組曲「宿命」
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2006年8月 7日 (月)

下妻物語

[2005年・監督/中島哲也■おすすめ度★★★★★ 観ておくべき度★★★ 思い入れ度★★★★]

下妻物語 スペシャル・エディション 〈2枚組〉 キッチュで軽やか。だけど、そんな見てくれ以上に、以外と骨太なお話だったりする映画。

これは「ルール」についての物語。

パチンコ屋で阿部サダヲ扮する「一角獣」が言う。「それがここのルールってもんだろ?」
そう、パチンコ屋にはパチンコ屋のルールがある。
下妻という土地には下妻のルール。「服はジャスコで買う」。

主人公のひとり、イチゴの属するヤンキーレディース集団も、やはりルールがある。仕事、土地、家族、団体…人間が共同体を営む以上、あらゆる場所にはその集団ごとのルール=規則が形成され、人々はそれを遵守することによって所属意識を持ち、「何かに属している」という安心感を得ているのだ。
桃子の大好きな代官山という土地にも、そこを訪れる人たちの着る「ファッション」を統一するということで暗黙のルールを作っている。それはイチゴのそれとは明らかに異質のもの。服装=ユニフォームとは、所属を明確にするための極めて簡易なアイコン。だからイチゴたちヤンキーはお揃いの特攻服を纏う。

桃子にも桃子独自の「ルール」がある。ロリータというルール、すべてに対し距離を置くというルール。彼女は自分でそれを作り遵守して過ごすことで、他の共同体には所属しないというスタンスを築いている。
「何ものにも属さない」ということはノー・ルールではなく、他の独自のルールを築きその下に生きていくということなのだ。
だがそんな桃子だって仕事を得れば「納期」というその仕事のルールには従わねばならないのだが。
共同体の中で、そういったルールを守って生きてさえいれば、社会的な地位と安寧な日々は保障されているのだ。

けれどこんな「ルール」だらけの中で、桃子もイチゴも、いったいそのルールを破ってまでも守らねばならない、もっと大切なものは何なのか…それがこの映画で伝えたいことなのだろう、と私は思う。

基本的にはティーンズが中心読者の小説が原作のせいもあるせいか多少はプロットの甘い部分もあっても、単なるキャッチーな泡沫作ではない。

「下妻物語」は、紛ぎれもなき傑作である。

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