2006年8月24日 (木)

祭りの準備

[1975年・監督/黒木和雄■おすすめ度★★★ 観ておくべき度★★★ 思い入れ度★]

祭りの準備 ニューマスター版 中島丈博の自伝的同名小説を原作にした作品。

こういった映画について自分が論評するのは、正直いってキツい。何故かというと、このテの映画がボクは苦手だからだ。
作品の一般的評価は高いし、傑作と云われている。監督の黒木和雄もボクにとって格別嫌いなわけではない。
けれど、ボクにはどうにも、この泥臭い、土俗的な雰囲気といったものがダメなのだ。地方感溢れる舞台。方言。さびれかけの漁村。濃厚な土着的人間関係。

つくる側からすれば、たしかにいつも都会的でスタイリッシュな映像ばかり映画館で観させられることには異議もあるだろう。日本にはそんな土地ばかりじゃあ無い。むしろ大半が、こんな開発からは取り残された地域のはず。それは承知してるのだが…

もはや『好き・嫌い』という問題なので、どうしようもない。たとえば同じATG映画の「海潮音」を観たときもこんな感情を抱いてしまった記憶がある。
べつに地方を題材にしたものがすべてダメかというと、そんなわけでも無いのだ。「サード」なんか好きな映画だし「遠雷」も許せる(べつに森下愛子の裸や石田えりの豊満な胸が見れるから、だけではない)。「津軽じょんがら節」も。柳町光男の「火まつり」もなんとか大丈夫だった。

たぶん、監督の捉え方、空気感に左右されるのだろう。

だから逆に、この「祭りの準備」はそういった土着感の空気をたっぷりとフィルムに焼き付けることに成功している、とも云えるだろう。嫌悪感をも抱かせるほどに。こんな土地なら、主人公が「ここから出たい」と思い続けていることも存分納得がいく。それはたとえ惚れていた女が自分のモノになって抱けても変えることのできない感情なわけだ。惚れた女の膣(なか)や母親の胎(なか)に安住するよりも、この場所にいる、ということを断ち切りたいのだ。それだけは激しく同意できる。

いいか悪いかは別にして、田舎から脱出したい症候群の若者には格好のアジテーションムービーであることは確か。ぜひそんな地方の高校の文化祭あたりで上映し、みんなを家出少年にして欲しい。
もっとも、これに上映許可を出すような柔軟な学校なら、べつに出て行きたいとは思わないかもね。

竹下景子の初々しいおっぱいが拝める、ということは特に付記しておこう。

黒木和雄の作品としては、他と比べていまひとつ力の入れ方が微妙に弱いような気がする。黒木本人がどれ程この企画に熱心かそうでなかったのか判らないが、どちらかと云うと職人監督に徹しているように感じる。それはやはり、この作品があくまでも中島丈博の人生だからだろう。

黒木は、黒木本人の人生や思想をどこかで投影したとき、面白いものを作るひとなんだと思う。

祭りの準備 ニューマスター版
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中島丈博 黒木和雄 江藤潤
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