2006年9月27日 (水)

バンジージャンプする

[2001年・監督/キム・デスン■おすすめ度★★★★ 観ておくべき度★★★ 思い入れ度★★★★]

バンジージャンプをする (韓国版) あのね。

この映画、宣伝されてたのとぜんっぜん内容がちがうんだ。

中身を知っちゃうとつまんなくなっちゃうから、あえてストーリーについては触れないけど、
とにかくあの「いかにも韓流純愛路線」みたいなイメージでこの映画を観ちゃうと目が点になっちゃうよ。

いや、恋愛映画は恋愛映画です。たしか。たぶん、そうだったはず。純愛です。ピュア・ラブです。
でも…なンか違うんだよ。

あ~言えないのがもどかしい。

イ・ウンジュさんはすっごくキレイです。早逝したの、ホントにもったいない。個人的には「クムジャさん」やTV「チャングム」のイ・ヨンエよりもずっと好みだった。たぶん別掲でいずれ書くけど、「永遠の片想い」での複雑な感情の表現は素晴しかった。繊細な演技のできる女優さんだった。
それはこの「バンジージャンプする」でも垣間見ることができる。決してベストテイクではないけれど。

本作の主役はあくまでもイ・ビョンホン。

はっきり行って、彼がこれほど上手いとはこの作品で初めて思い知らされた。包容力のある表現。この人がこんな演技ができるなんて、と驚かされた。ボクが今までに見たビョンホンの中では、この映画の演技がベストだ。

…ただ、内容がなぁ…

いや、いちおう「トンデモ」に振り分けましたが、これが受け容れられるのなら、ぜんぜんフツウに観てもいいんですよ、この映画は。でもイキナリ展開がトンでもない方向に転換するんで口アングリ状態になっちゃうだけで。

いい映画はいい映画なンですよ…たぶん。

ここで既に観て知ってる方に提案です。
まだ観ていないヒトにはぜったいに中身を知らせないで観せましょう。
そのほうがおもしろいっしょ?

ヒントは、「これって、イ・ビョンホンの『高校教師』だったんだ…」ということで。

観たヒトなら…わかりますね?? この意味が。
てコトで。

…ぜったいに中身はナイショだよ。

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2006年8月18日 (金)

初恋

[2006年・監督/塙幸成■おすすめ度★★★★ 観ておくべき度★★★ 思い入れ度★★★]

初恋 (出演 宮崎あおい) 宮崎あおいは素晴しい。

本作の最大の魅力はそこに尽きる。
と同時に、塙幸成という監督の力量もこの作品の大きな見どころだと思う。

この塙監督という人物はボクは知らなかったが、非常に演出力のある、また作品をまとめる力のに長けた監督だと思う。この一作でも評価に値する。
次回作を期待できる作家だろう。

ただ、ボクが本作で気になってしまうのは、そのセリフ回し、だ。

あおいちゃん扮する主人公「みすず」の独白で用いられるそれは、妙に自己陶酔めいていて、個人的にはどうしても嫌悪感を抱かざるを得なかった。もちろん、そういった言い回しが堪らなく好きなヒトだっているだろうし、そういう御仁にとっては充分な陶酔感に浸れる映画ではある、と思うんだけど。

ただ、その点を除けば充分及第点な映画。

もうちょっと三億円を強奪する計画を立てた「何故」という理由や、「みすず」達ふたりの、互いへの心情の変化の(「好きになる」という)過程を丹念に、詳細に描写してくれれば、もっともっといい作品になったろうに、と思う。
少しだけ残念な作品。

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2006年8月15日 (火)

戦争と人間

[1970~1973年・監督/山本薩夫■おすすめ度★★ 観ておくべき度★★★★ 思い入れ度★]
【第一部運命の序曲(1970年) 第二部愛と悲しみの山河(1971年) 第三部完結篇(1973年)】

「人間の條件」と同じ五味川純平を原作者とした、こちらは日活製作の歴史大作。
ただ、「人間の條件」と比較すると、残念ながら映画作品としてのクオリティはずいぶんと劣ってしまう。

加えて作風的にどちらかと云えば恋愛・ロマンスのほうに比重が置かれていたりするので、作品そのものの持つべき重厚なテーマさえも阻害されてしまう。

それでも、本作が観る価値が充分にあるのは、日本映画には珍しく大東亜戦争を加害者の視点でその醜悪さを抉り出し、観客に突きつけるからである。

満州事変から始まり、盧溝橋、そしてノモンハンへと至る大日本帝国の北方政策を背景に、戦争とは軍人や政治家たちが勝手に行うのもではない、とここでは明言をする。そこには銃を持たぬ一般の市民たちも利害により深く関わってくる。
利殖のために戦争を利用する、という行為は無実ではないだろう。我々はこうした内的矛盾を孕まねばならない。戦時下においては、非戦闘員たる市民もまた間接的加害者なのだ。この作品はそれを教えてくれる。
だが、残念ながら今の日本では被害者意識や修正主義ばかりがまかり通り、なかなかそれを声高に主張するものは少ない。それをこれだけの大作に仕上げ形に残した、その意味でも映画としては残るべき作品だろう。

だが、悲しむべきは製作された時代があまりにも悪すぎた。スペクタキュラーたる戦闘シーンは悲しいほどに貧相で、時として観ていてツラくなるほどである。潤沢な予算も与えられず、それでも会社の方針で大作としての'絵'をつくろうと足掻くさまはまさに当時のノモンハンで充分な武器も与えられず無駄に玉砕させられてゆく関東軍の兵士たちとダブる光景だ。

製作年度の70~73年は、低予算プログラムピクチャーこそまだまだ勢いを保っていたが、映画産業は次第に坂を下りつつあった頃。「日活ロマンポルノ」シリーズが始まるのが1971年だから、この「戦争と人間」はまさにその斜陽に向かうまっ只中に製作されたことになる。
その後'にっかつ'と改名したこの会社は80周年記念作品と銘打ち1992年「落陽」を製作、その歴史に止めを刺すのだけれど、ロマンポルノ移行の過渡期に作られ、結果的に一般映画制作の道を閉じる象徴的な作品となった「戦争と人間」と同じく、その「落陽」も満州事変を描いたものだった。その題名の暗喩と共に'ライジング・サン'日活の終焉と、会社トップたちのどこかで「戦争と人間」の時代を懐かしむ気持ちもあったのでは? と思わせる滑稽さも滲み出た題材のチョイスには涙を禁じえない。
(「ただ、「落陽」があったからこそマイク水野の超モンドムービー「シベリア超特急」が生まれた、ということでは記憶されるべき作品だが。)

ハリウッドの戦争スペクタクル映画と比較するより、欧州、特にイタリアあたりの作る戦争映画のような雰囲気を期待して観ればこの作品の良さもまた見えてくるであろう。

日本の生んだ戦争大作映画のひとつとして、リストには欠かすことはできない作品ではある。

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2006年8月13日 (日)

雲のむこう、約束の場所

[2005年・監督/新海誠■おすすめ度★★★★ 観ておくべき度★★ 思い入れ度★★]

雲のむこう、約束の場所

勿論、新海氏の才能が驚くほどのポテンシャルを秘めていることには全く異論の余地は無い。が、世に衝撃をもって迎えられた前作『ほしのこえ』と比べると、随分とインパクトは小さいかな、と思う。
それは無論ワン・アイデア勝負の短編とストーリーを見せなければならない長編との差もあろうが、今作は彼が『ほしのこえ』でオタク達を'うるるん'とさせた彼独自の『良さ』が、長尺になったことで逆にマイナス要因になってしまっているのではないかなァ、と感じてしまった。

技術的なところで云えば、少々モノローグに頼り過ぎかな、と。やはりシナリオで考えたとき必要なことを語らせるのはダイアローグだと思う。それがモノローグ中心で1時間以上見させられるのは少し辛い。…正直、その演出方法が途中でだんだん鬱陶しくなってきたりも感じてくる。

あと、背景はもの凄くリキが入ってるのに、それと比べるとキャラクターのクオリティが少し目劣りしてしまうのは残念。折角これだけのものを作ったのに、この尺を見せるにはあのキャラでは飽きてしまうかなぁ。
まぁ若いせいもあるけれど多少ひとりよがり気味かも。もうちょっとオトナになって他人の意見を取り入れるようになれればもっともっといい作品が出来るのではないだろうか。

…でも、そんなこんなの苦言の数々を置いといても、常に次回作を期待させるクリエイターであることは間違いはないだろう。

様々な場所で語られているだろうが、新海誠が80~90年代の日本のアニメを踏襲した、正当な後継者であることは事実。悪い見方をすれば本作は「エヴァンゲリオン」フォロワーであり、それが「オネアミスの翼」と押井守作品のバリバリ影響下でそれらをシャッフルして作った作品、というだけのことになってしまうのだが…それを肯定も拒絶もされるだろうけど、わたしは支持する。一応ね。

雲のむこう、約束の場所
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2006年8月12日 (土)

憂國

[1966年・監督三島由紀夫/■おすすめ度★★★★ 観ておくべき度★★★★★ 思い入れ度★★★★★]

憂國 文士劇、というのがある。文壇の小説家連中が仲間うちで披露をする、云ってしまえば素人劇のようなものだ。今もあるのかどうかは知らないが、故・遠藤周作はそれを発展させ素人演劇集団「樹座」を主宰していた。(蛇足だが、我が姉もそこに所属していた。)筒井康隆なぞはその域を超え玄人はだしの活躍をしている。

この「憂國」をひとことで語るなら、「三島由紀夫の文士劇」である。

原作について今更語るまでもないだろう。それを三島本人がメガホンをとり、まったく原作に忠実な映像化に成功している。寸分違わぬくらいに。その点については見事なほどである。低予算、ということもあるだろうが、三島監督はそれさえも逆手に、能舞台をベースにした極めてミニマムなセットの中でのみ物語を進行させる。「近代能楽集」などの著作があり歌舞伎の新作などを創作、その上自ら演じることまでもしていた、日本の古典芸能に造詣の深かった三島らしい作品だ、と思う。作り手の抱くイメージをほぼ完璧に形にしているという点では非常に優れた映画だろう。ただ一点を除いては。

主演の三島が下手なのだ。

ここでの三島はまったく素人演技の域を出ない。増村保造「からっ風野郎」でヘタながらも鮮烈な印象を与える三島だが、本作では単なる演技経験の浅い者が一所懸命に演じているに過ぎない。

素人演技を観客に金を払わせ観せる、という点で、本作は小説家が趣味にあかせてつくった「文士劇」そのものへと堕してしまう。

加えて、切腹に対しての三島の拘り、ナルシスティックとも云える陶酔はその行末をすでに決定づけていたのを確認させる。

すでにこの頃より、三島由紀夫は「自らの腹を切る」ことそのものに耐え難いほどの憧憬を抱いていたのだ。昭和45年11月25日の彼の行動は、日本中を、世界をも巻き込んだ彼のその願望の完遂に過ぎない。その意味では三島/盾の会の「決起」は成功だったのだろう。

生身の三島本人の監督・主演によって、それを実感させてくれるというだけでも極めて歴史的価値のある、戦後史を検証する上でも貴重な作品。

本作を、極めてアーティスティックな作品ととるか、単なるナルシスティックなプライベートフィルムと捉えるかは異論の分かれるところだろう。
だが、観るべき価値のある一作であることだけは確かだ。

正直、一生観ることは出来ないと思っていたが、奇跡的にネガが「発掘」され上映、ソフト化され今ではこうして容易に観賞することができるようになった。観ることが叶わなかった35年もの月日の重み、というものも考えつつ、本作を確認して欲しい。

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